北スラウェシ州について

スラウェシ島

インドネシアのほぼ中央に位置するスラウェシ島(旧称セレベス島)は、アルファベットの「K」や「蘭の花」に例えられるユニークな形をした島です。太古の時代に陸同士がぶつかって一つの島となり、その後も大陸と陸続きになることなく常に孤立した島であったとされるスラウェシ島は、独特な生物相が見られる島としても知られます。

北スラウェシ地図

スラウェシ島の面積は174,600平方キロメートル。日本の九州と四国を合わせた面積よりも広く、北端のマナド(メナド)から南端のマカッサルまでは飛行機で片道1時間半かかります。

北スラウェシ州

スラウェシ島北端のミナハサ半島を中心とする北スラウェシ州は、珊瑚礁や海洋生物を育む海、熱帯雨林に広大な椰子林、火山脈がもたらす肥沃な土壌といった豊かな自然環境に恵まれています。

ミナハサ半島西側にある州都のマナド(メナド)は香辛料貿易の拠点として栄えた港町。半島の東側に位置するビトゥンは、昭和戦前期の日本人が持ち込んだ南洋かつお釣り漁業を基礎に発展した「カツオの町」であると同時に、東部インドネシア海上交通の要となる天然の良港ビトゥン港を擁します。

内陸部の高原都市トモホンを中心とするミナハサ高原地帯は、北スラウェシのマジョリティで山の民のミナハサ人の本拠地。中国や、ポルトガル、オランダなど欧州との混血が進んだミナハサ人は、数多くのマナド(メナド)美人を排出していることでも知られます。

また、ミナハサ半島の北をサンギヘ・タラウド諸島に沿って北上するとフィリピンのミンダナオ島へと達し、古くからフィリピンとの交流が盛んな土地柄でもあります。

州人口のおよそ7割がキリスト教徒

香辛料を求めて欧州人が北スラウェシを目指すようになったのは16世紀のこと。17世紀のスペインによるカトリックの布教を経て、19世紀にはオランダによってプロテスタントが伝えられました。以後「オランダ12番目の州」と言われるほどオランダ文化を受け入れてきた北スラウェシでは、現在も州人口のおよそ7割をキリスト教徒が占めます。

明るく開放的な人々

明るく開放的な北スラウェシの人々のモットーは、人は人のために生きる私たちはみな兄弟。多様な宗教・民族のバックグラウンドを持つ人々が、互いに互いを尊重し合って暮らす伝統を誇りとする北スラウェシは、インドネシアにおいて最も治安の安定した州と言えます。

日本から一番近いインドネシア

1万7千以上の島々から成る世界最大の島嶼国家インドネシアでは、東西を「サバンからメラウケまで」、南北を「ティモールからタラウドまで」と表します。そのタラウド諸島を擁する北スラウェシは、インドネシア最北端の州であると同時に、日本から一番近いインドネシアでもあります。